地域から平和を考える~宮前戦争遺構ツアー~

宮前区には、第二次世界大戦時の昭和17年、赤坂から宮前に東部62部隊が移転され、戦争遺跡が多く残っています。川崎市立中学校で社会科の教師をされながら、この遺跡の調査研究を続けていらっしゃる大泉先生と、宮前区内を歩きました。

 梶が谷からバスに乗り、しばられ松停留所で下車。「聖社」と書かれた神社があり、陸軍の軍票がありました。また大戦で亡くなられた地元の方の慰霊碑が15年前に建立されていました。19歳から35歳までの名前があり、なかには1945年9月6日に亡くなったとされるお名前もありました。終戦を日本では8月15日としていますが、9月2日日本政府がポツダム宣言の降伏文書に調印された日とする国も多くあるという話を改めて聞きました。政治の間では終戦でも、実際に9月4日に亡くなられている事実はあり、それが市民を巻き込んでの戦争であることが伝わってきました。

 それから、溝の口演習場だった神木本町付近を歩き、都市農家の小泉さんに偶然会うこともでき、戦時中、戦後の平地区の話も聞くことができました。

 最後に、鷺沼北公園は高射砲のあった場所とのことで、小高くなっている公園に階段を上っていくと、東京を一望できるのでは・・と思えるほどの見晴らしの良さです。この空に「B29が空が見えないくらい埋め尽くしていた」との話もあると聞き、その時の恐怖は如何ほどかと思うと想像を絶します。

 どんなことがあっても、軍隊を作らせてはいけない。作れば使いたくなる。その時に、巻き込まれるのは市民の日常であり、平常がなくなる。この事実は間違いありません。大泉先生が研究を始めて25年。開始時にはお話下さった方が今は殆ど他界されてしまっているとのこと。当時のことを語り継ぐことをしなければ、もっともっと、遠い話になってしまいます。
 私たちの暮らす街のなかにある戦争遺構を守り、繋ぐ活動をこれからもしていきます。