一人ひとり違う3.11 

復興支援まつり参加団体のNPOシャロームさんは、ひまわりの種からオイルを絞り、お煎餅をつくる障がい者作業所を運営しています。3.11のあと、ひまわりを植えることができず、全国にひまわりを植えてもらい、収穫後の種を福島に送ってもらい、作業を続けてきました。震災から9年が過ぎ、原発事故を風化させないためにも、ひまわりを植えている全国に小学生が震災当時の話や福島の現状を作文にまとめ、ひまわり大使として派遣しています。
今春は派遣が適わなかったこともあり、福島の今を知りたく、福島を訪問しました。
 放射能測定をしながら市内を歩きました。福島市の発表では0.1μ㏜/hとなっていますが、土を入れ替え芝植え換えた場所は数値が低いものの、吸水性の高い目の粗いアスファルトやラバー舗装など、場所によっては、4.0μ㏜/hを超える歩道もありました。さらに汚染土を入れるフレコンパックは駅から5キロと離れていない場所に貯蔵されていました。まだまだ福島市では原発事故の影響がないとは言えない状況を目の当たりにしました。

その後、ひまわり大使による作文を聞かせてもらいました。一人ひとり、家族ごとに震災の影響は違います。震災後から今も母子は避難を続けている家族や、安心して外遊びをするため福島から45分かけて米沢まで保育園に通わせている家族、そして避難したくても避難できなかった家族、それぞれの9年間の思いがありました。さらに、福島市内の人の放射能汚染に対する思いも千差万別です。思いを口に出すこともできなくなっていることに苦しんでいるお母さんの話には胸が詰まる想いでした。

 福島原発で作っていたのは首都圏の電気です。その原発事故後のことを、私たちはもっと知らなければなりません。震災から9年が経ち、避難している人への支援は縮小しています。無理矢理、避難を強いてしまい、時間の経過で支援が減少し、新たな負担増となっている現状を、首都圏に住む私たちは考えていくためにも、福島はじめ被災地との交流を進めます。