子ども権利条例制定秘話~おそるべし川崎の市民力

子供はお供えするものではなく、社会の一員だから「子ども」と書くんだよ。と先輩から教えてもらったことがあります。子どもの参加の保障を謳う、子どもの権利条例の誕生秘話を聞ける貴重なシンポジウムに参加しました。
何より、このシンポジウムで驚いたのは、元市民局長、元教育長、元指導主事、そして現小学校校長をパネラーにし、コーディネイトがNPO理事長、西野さんです。こんな役職経験者を並べて、NPOが仕切ることを、サラッとやりこなす行政に媚びない川崎の市民力の強さをまず感じました。
地域教育の場に不登校の子どもが「不登校児」というラベルを貼られることなく存在できる条例にするため、条文には不登校の文言を入れなかった話を聞き、子どものもつ力を社会や一言が潰してしまう怖さを感じ、それが差別や偏見へと繋がっている現実を知りました。また、条例策定議論の20年前は、学校に行けなくなった子どもを学校に戻すことが正論でしたが、それは大人の理屈。子どもにとって最善の利益とは何だろうと考え、地域社会で子どもを育てようとする生涯教育と学校教育の対立は不毛であると、英断したことがあったことには思わず拍手です。
子どものために、それは子どもの声が無ければ叶いません。そしてそれを無条件に受け止めた、条例制定時の多くの大人が居たことが奇跡から現実へと変わっていき、それが「子ども夢パーク」の建設へと繋がっていきました。
影は最後まで見えない。そこに普遍的な課題がある。と最後に言われました。マイノリティの抱えている課題は見えにくい。でもそれは社会の課題になっている。
だからこそ、違いを認め、何かのために、誰かのために、想像力を働かさせる社会にすることが「子どもの権利条例制定秘話」から見えてきました。