学習する権利 ~朝鮮学校を訪問しました~

2015年10月10日 13時26分 | カテゴリー: 活動報告

まだ夏の日差しが残っている9月中旬。

横浜市にある朝鮮学校にお邪魔しました



午前中の雨が止み、急速に晴れてきた校舎前では、翌日に迫った体育祭の準備をする高校生が元気に「こんにちわ〜」と迎えてくれました。

朝鮮学校に通う子どもの殆どの家庭では日本語で生活をしています

。 しかし、彼らの国籍は朝鮮・韓国籍です。学校内で話す言葉、授業も全て朝鮮語です。教科書は日本の文科省の指導要領に従い、改訂があれば、その都度、全国の朝鮮学校の先生などで教科書編集委員会を立ち上げ、朝鮮語の独自の教科書を作っているそうです。そうして自分たちの親、もしくは祖先から受け継ぐ文化や風習を習い、その言葉でアイデンティティを育む教育をしています。


学校で学ぶ言葉は、朝鮮語・日本語・英語。歴史も日本と朝鮮の両方を学ぶそうです。

勉強の嫌いだった私は、3つの言語に、2つの国の歴史もあり、この学校に通う子どもに頭の下がる想いです(笑

朝鮮と韓国の統合は彼らの長年の想い。そして日本で住み暮らしていることから「自分たちが架け橋」になろう。との意識も高いそうです。国籍が違っても、同じ地域に住み暮らす仲間としてその文化や風習を互いに知り合い、共存する社会を作ること。日本の学校でも、共存する社会をめざしていますが、外国につながりのある子どもが少なければ、具体な例が乏しく、実感できない子どもも多いのではないでしょうか。朝鮮学

校の子どもたちの意識の高さも随所に見られました。

日本のこれまでの歴史の中で、朝鮮半島での皇民化政策を強要してきた時代があります。1948年には朝鮮人学校閉鎖令が出され、警官が学校に押し入り閉鎖さ

せられた経験があり、学校は自分たちが守る場所である。との想いも強くあり、保護者会、卒業生の結束も強いものがあるとのこと。教室に付いていたエアコンも、扇風機も卒業生が在校生のためにと取り付けたそうです。川崎市内の小中学校も、数年前エアコンが設置され

ましたが、設置費用は税金からでしたし、業者は入札で決めました。
学校の運営費では設置が出来なければ、自分たちが。と動いてくれた卒業生たち。そのパワーに圧倒されます。

国籍が違っても、子どもの育ちを支える学校であることには変わりなく、その公益性を認め、1980年には経常費補助金が拠出され拡大してきました。1991年に

は高野連が朝鮮学校の参加を承認。1994年JRが通学定期運賃の割引率格差是正。徐々にでも、

日本のなかで、その存在を認められてきた。と思えた時代だった。と。
しかし、現在神奈川県では、外国人学校生徒等支援事業として保護者への学費補助をおこなっています

が、学校への補助はなく運営が厳しくなっている現状があります。

外交の問題を抱えている。との声もありますが、私たちと同じ地域で住み暮らす子どもたちの学習する権利は国籍が違っても同じです。是非、朝鮮学校に遊びに来てください。見てください。と先生は訴えていました。彼らの笑顔と元気な挨拶は一級品です。

地方自治体がするべきことは、国際情勢・政治情勢に左右されることなく、一人ひとりの人としての権利を守るべき施策を展開していくことだと考えています。
今回の朝鮮学校への視察は、多文化共生と言いながら、日本の学校との環境の差は歴然とあり、共生出来ていない現状を目の当たりにしました。

ともにくらす。

まずは知り、伝え、一緒に考える、スタートとなりました。