安保法案成立から見えてくる影

2015年9月21日 10時07分 | カテゴリー: 活動報告

安保法案が19日未明に成立してしまいました。

特別委員会での異常とも言える採決方法や野党の足並みの悪さ。
政治の衰退を感じずにはいられません。
 
未だ多くの方は反対を表明し、運動の継続を宣言しています。権力の暴走を止められるのは、やっぱり市民の強い意志と行動だと考えます。
 
少し視点をずらします。
今回の法案提出から成立まで、どれだけ官僚が動いていたのでしょうか?
例えば、アメリカからの圧力とか言われています。その圧力はどこが感じているのでしょうか? 政治と官僚の蜜月。
「先生」と言って耳打ちし、「先生のお力で」「先生のお手柄に」「先生に恥はかかせません」などなど囁いている人がいないのでしょうか?
国を動かしているのは政治ではなく霞ヶ関と言われる方もいます。
今回の委員会運営に助言した議会局はいなかったのでしょうか?
 
社会にこんな問題がある。
課題を解決するために、何が必要か。
そんなことを議員と一緒に考えてくれる職員もいます。
でも、それは自分たちだけで議論する。法案提出してからが政治の出番だよ。と思っている行政サイドの冷ややかな声も聞こえてきます。
つまりは、自分たちの提出した法案を成立さえして貰えば、政治の場での議論なんて関係ないに等しいと思っているのではないでしょうか?
 
だから、今回の法案も市民の理解より成立だけが優先された。
 
私は、そう思えてくるのです。
 
政治の場でから議論を奪っているのは、政治と官僚の蜜月。
 
 
今週の金曜日、4年に一度の一般質問を県議会で行います。
質問の意図が変わり、答弁もないうちから、再質問を用意していないとダメだと言われる。
矛盾が日々、私のなかに募ってきます。
 
どこに向かって政治はあるのでしょうか?
議場で恥をかかないことが名誉なのでしょうか?
議論をする場が議会であると思うのは、素人だからでしょうか?私は政治学や行政学を学んでいない素人かもしれません。
でも、生活の中にある課題を解決するために議員の仕事をしています。だから、買い物にも行きます。食事もお弁当も作ります。子どもとも話します。障がいのある人とも一緒に働きながら彼らの声を聞きます。資源循環の綺麗とは言えない3Kの現場でも働きます。
そこには、生きている人がいて、生の声があるから。
 
そんな市民の声からは遠い世界にいる官僚が牛耳る政治が今回の安保法案を成立させてしまったのではないかと見えてしまいます。
 
だからこそ平和を築くための基盤は、私たちの生活の中から差別や貧困をなくし、他者を許容する柔軟な市民社会を強くする活動を私は進めていきます。