川崎市ふれあい館 ともに生きる 学習会に参加して 『共感から想像へ』

2015年6月15日 12時20分 | カテゴリー: 活動報告

「ともに生きる」こととは、どういうことか

障がいをもつ人と「ともに生きる」
子どもと「ともに生きる」
外国につながりを持つ人と「ともに生きる」
生きづらさを持っている人と「ともに生きる」とはどういうことでしょうか。

『自分と場所を同じくする他者の存在を「承認」すること』。

自分もしくは自分の周囲とは違うことが、いつしか偏見になり、差別に繋がっていないでしょうか。より広い人口カテゴリーにあてはめようとして、そこからはみ出してしまった人のことを差別してしまっていないでしょうか。
その差別を解消させるために「他者の痛みや喜びを自分のことであるかのように感じる」感受性を持ち共感すること。しかし、その共感も自分と同一ではない相手に対して押し付け、独りよがりになっていないでしょうか。自分のことであるかのような共感ではなく、他者に問いかけ、耳を傾け、想像しなければ妄想になってしまう可能性を秘めています。自分の想像に責任を持つことを止めてしまえば妄想に支配され、自己満足となり、ともに生きているとは言えないのです。
誰もが居心地の良い場所・社会を作るためには、自分と違う人を排除するのでもなく、違う人がいる場所から自分が退出するのでもなく、共有する相手と対話によって、常にメンテナンスしていくこと。共感だけではなく、妄想することなく、対話しながら想像していくこと。自分にも相手にも居心地の良いとは何かを問いかけながら「ともに生きる」社会づくりを進めていくことが大切です。
いまの政治は妄想だけに覆われているように思えます。ひとりよがりの考えで、共感しているかのように振る舞っている。でもそこには、想像が足りていない。独りよがりの妄想であるから政治の信頼は揺らいでしまうのではないでしょうか。
自分だけが優位になる社会ではなく、ともに生きる。そんな社会になるよう、他者に問いかけ、耳を傾け、想像する力を蓄える活動をしていこう!と思った学習会でした。

 
追記;6月10日 川崎市ふれあい館人権尊重学級 Part1 「ともに生きる」ことをなぜいまかんがえるのか  慶應義塾大学 塩原良和先生の講義のレジュメの一部を抜粋させていただきました。